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ブログ三銃士

このブログは、FM府中で絶賛放送中の番組、「シネマ三銃士Z」を母体とするブログです。放送では収まりきらない思いの丈のほか、ラジオで放送したものとは関係ない本のことや音楽のことetcを綴っていきます。FM府中ポッドキャストもよろしくね!http://fmfuchu.seesaa.net/

シネマディクトSの冒険~シュウの映画時評・第7回「バケモノの子」~

細田守監督「バケモノの子」(16:9・119分)

 

 

 

・くじら

 始まってすぐの渋谷スクランブル交差点を緻密に再現したシーンにおいて既にビルの画面にくじらが映っており、細かな点に周到な伏線を配していることが見てとれる。九太の部屋から「白いくじら」という絵本が運び出され、くじらの絵が描いてあるカレンダーがみえるのも同じことだ。メルヴィル「白鯨」の解釈だけでは、くじらというモチーフを持続させる求心力は弱いといわざるを得ないが、対決シーンでのくじらは文句なしに美しい。

 

・非血縁の親子

 この物語の主題は親と子の関係性であり、しかも両親となる存在は血縁でつながっているわけではないという点が問題となっている。バケモノとは非血縁者の言い換えだ。九太は親しんでいた母親が死に、一人で生きることを選択したことからバケモノの住む渋天街へ転がり込み、熊哲という師匠、すなわち擬似的な父親を得ることになる。渋天街に入った直後の九太は鼻が豚のように上を向き、四つんばいになって這い回ることで、バケモノの世界に溶け込んでいくことが示されている。そうして熊哲は父親のつもりで九太に接し、九太は悪態をつきながらも強くなるために熊哲との関係を深めてゆく。しかし「強くなりたい」という九太の願いは、どのような強さかを問うこともないという点で幼く、また強くなりたいその動機が憎しみであるという点で歪んだものであったから、いかに武芸に熟練するようになり、渋天街が自分の居場所かのように思えるようになったとしても、そのままで済むわけではない。様々な「強さ」を知る旅に出るだけでなく、熊哲のもとを一旦離れる必要も出てくることになる。ついには人間界に戻って、今度は擬似的な母親となる楓に出会うことになるのである。両親に見放されたことによる自己疎外感を埋め、熊哲の真似をするように勧めた母親のように自らを導いてくれる第二の段階として楓がある。

 したがって熊哲と楓とのつながりは深い。血のつながった父親の存在感は再会してからも当初は希薄である。九太が熊哲と大喧嘩し、「父親のところで暮らす」と出て行った直後に映し出される、極めて美しい入道雲は、その後に熊哲が座りながら見ていたものと同じものだ。血のつながった父親との関係は、擬似的な父親と母親によって一度親子関係が回復された後にはじめて取り結ばれるのである。バケモノ「の」子であるとともに、The Beast “and” the Boyであるゆえんがそこで理解される。

 

・一朗彦の歪みとはなにか

 対照的なのは一朗彦だ。一朗彦もまた「強くなりたい」という願いを持っていた。しかし自らが人間であることを成長するにつれ嫌でも感じざるをえない一方で、バケモノであるアイデンティティを手放せないために歪みが生じていた。しかも偉大な父親の存在と、明らかにバケモノである弟の牙によってその歪みは増幅される。次郎丸が、熊哲から逃げて人間界へ初めて戻ることになる途中の九太に自宅への誘いを断られるシーン。そこでは次郎丸の成長した牙がはっきり映し出される。対照的に一朗彦は口元を隠すようになっており、次郎丸が何気なく牙に手をやる仕草をみて、ショックを受ける様子も克明に描かれている。このような一朗彦が、擬似的な父親と母親を得て歪みを修正してゆく、すなわち成長してゆく九太に対して嫉妬し、さらに歪んでゆくのは当然の成り行きであった。こうした機微を、細田守は繊細かつ巧みな伏線をもって説得的に描き出している。

 

・「心の闇」

 すなわち本作の主題となる「心の闇」とは、親と子との関係性を築くことのできない子どもが持つ憎しみや疎外感のことである。両親が存在するにもかかわらず、彼らは自分の気持ちを分かってくれないと嘆く楓も―極めて類型的で凡庸だが―「心の闇」を抱えているのである。本作においてこうした主題は見事に描かれている。しかし批判すべき点もある。まず、こうした主題や心情をほとんど登場人物が語ってしまうのは端的に越権行為であり、あの魅力的に広がってゆく入道雲のようになるべき物語を限定してしまった。そして「心の闇」の描き方は安易で平板である。敵に対してどのように立ち向かうかに重点が置かれすぎて、その立ち向かうべき対象が妙に薄っぺらい。

 

・細田映画の思想上の限界?

 本柵と似たような主題を描いた「サマー・ウォーズ」も「おおかみこども」も、本作も、結局家族、親子、血縁の重要性や優しく見守る母親像という点で共通しており、しかもそれは伝統的に今まで当然のものとされてきた思想である。もちろん、本作では非血縁の親子関係、「おおかみこども」では異形の親子関係というように、その主題は単なる血縁ではないのだけれども、本作においてもやはり「本当の父」、「おおかみこども」においてもやはり血縁から離れられていない。こうした血縁や家族への細田のこだわりは明らかであるが、思想上のスケールの大きさは―安易な比較であると批判されることを覚悟で言うが―宮崎駿には遥かに及ばないだろう。心の闇、魂が宿った剣などという、いかにも手垢がついたような道具立てを用意するしかないのだとすれば、それは細田の限界を示しているといわざるをえない。

 

 

 

 

ダイスケつれづれ 第5回「TVぴーぽー!!」

はい、ご無沙汰。

なんだかバタバタしててなかなか書けなかった。そんなことにはお構いなく、世の中は動いていく。

さて、前回は朝ドラ「あさが来た」について書いたのだけれど、気付けば最終回を迎え、次の朝ドラが始まっている。で、今回はその話とか。どんだけ朝ドラが好きなのか。

それにしても、自分がこんなにNHKを見るようになるだなんて、中学生の頃の僕に聞かせたら驚きたまげるだろう。NHKってつまらない印象でした。子供の頃は。

その頃にはなに見てたんだろう?「めちゃイケ」とかかな?「トゥナイト2」とか好きだったな。僕はあの番組でラス・メイヤーを知り、アラーキーの東京日和を知ったんだと思う。別にラス・メイヤーを知る必要はなかったかもしれないけど。

「昔は良かった」なんて言いたくないけど、僕は昔のTV番組の方が好きだ。「いとしの未来ちゃん」とか、なにがよかったのかわからないけど「ワーズ・ワースの冒険」とか。「お厚いのがお好き」とか「タモリ倶楽部」とか。「タモリ倶楽部」はまだ続いてるか。

話がそれた。朝ドラについて。

4月からの朝ドラは「とと姉ちゃん」今回は東京の製作で最初の舞台は浜松。主人公は小橋常子、この常子は「暮しの手帖」の創刊者大橋鎭子がモデルとか。

暮しの手帖」、僕は昔書店で働いていたから、その表紙を見ることはあったけれど、中を開いてみたことは一度もない。松浦弥太郎が編集長になったとかで騒いでいた記憶がある程度で、今まで全く関心がなかった。置いてあるのも主婦向けの雑誌のコーナーで、自分には無縁のものだと思っていた。

で、朝ドラの主人公がかかわったものということで、ちょっと調べてみると、なんだか結構とんがった感じじゃないですか。

広告は載せない。そのおかげで何の気兼ねをすることもなく製品の批評ができる。その環境から生まれたのが人気企画の「商品テスト」だそうな。その商品テスト、トースターのテストではパンを4万枚以上焼いたり、ベビーカーのテストでは100kmも走行させ、果ては「火事」のテストとして家1軒を燃やすという実験まで行なったそうな。それだけのことをやる労力を費やせるのがすごい。

誰がこんな事をやったんだ?というと、それは「暮しの手帖」を大橋鎭子と共に創刊した初代編集長の花森安治だ。この花森安治も調べるとなんだかおもしろい。

あの「欲しがりません、勝つまでは」を採用した人物

であり(彼の考案という話が流布しているようだけれど、どうもそれは間違いのようだ)、鉛筆の置き方が気に食わないだけで激怒して仕事をしない、おかっぱ頭でスカートの姿で女性に間違えられる。ちょっと調べただけでこんな具合。どんな人なんだろう。気になる。

というわけで、まずは彼に関する本でも読んでみようかと。

「とと姉ちゃん」で、この花森をモデルにした人物を演じるのが唐沢寿明。さて、どんな風になるんだろう。

あ、そうだ。大橋鎭子をモデルとする小橋常子を演じるのは高畑充希。なんかもう貫禄すら感じさせる、将来の大女優間違いなし、って感じの人ですな。

ドラマで共演した縁で前田敦子なんかと仲が良くて、その集まりのことを自分たちが「ブス会」と称せるのがすごい。いわく「私たち、実はちょっとブスじゃない?」ってことでそんな名称になったそうなのだけれど、うん、確かに彼女は絶世の美女ではないと思う。でも、そこがいいんだよね。ちょうどいい、と思う。別に絶世の美女と美男子を集めれば傑作ができるわけじゃあないわけで、むしろちょうどいい人たちが素晴らしい演技をする方がいいわけです。

まあいいや。とりあえず、また毎日の楽しみができてうれしい僕でした。

じゃあ、またね。

 

中学国語教科書を読む―その10―

平成24年度版中学校国語教科書『中学生の国語』|三省堂「ことばと学びの宇宙」

 

 前回からしばらく時間が空いてしまった。引き続き中学国語教科書をだらだらと読んでいく。「わかりやすく述べる」の単元で、前回は説明文「水田のしくみを探る」を読んだ。その狙いは、文章でどのようにわかりやすく説明するか、を読むことで学ぼうとするものだった。しかし、書類の山に埋もれて読みたくない文章でも無理やり読まなければならない技術を身につけた彼らの担任の先生ならまだしも、中学生がそれだけの動機で文章をきちんと読むはずがない、ということを前回書いた。

 

 続いては「体験文を書こう」である。「わかりやすく述べる」の実践編といったところか。ここでの教科書のアドバイスは、以前「スピーチをしよう」で取り上げたように、なかなか具体的でわかりやすい。簡単に紹介するので、将来体験文を書く際の参考にしてほしい。まず第一に「体験したことを思い出す」。中心となる体験から、そのとき感じたことや覚えていることをブレインストーミングのように書き出していく。ポイントは、ブレインストーミングの中心となるのは、出来事そのものではなくて「うれしかった」とか「かなしかった」という感情だということである。確かに、中心に「小学校の卒業式」がある場合、友達のだれだれと話しただの写真撮影しただの、当日の天気だの、お母さんとお父さんの当日の喧嘩だの、先生が泣いてただの、たのしかっただの悲しかっただの、あまりに拡散しすぎてしまうことが簡単に予想できる。この点、「たのしかった」から始めて「ピクニック」とつなげると、たのしいピクニックという体験をベースに一貫性のある体験を思い出すことができそうである。

 

 体験を思い出したら、第二に「構成を考える」。思い出した内容にさらに付け加え、カードのようにして肉付けしていく。「はじめ」「なか」「おわり」と順序も考え、それぞれ「理由の段落」「説明の段落」「意味づけの段落」といった役割を振っていく。実際に体験分の巧拙を決するのは恐らくこの部分である。どのような順序で体験を並べ、どのような意味をそれに持たせていくのか、という作業は、中学生でなくても非常に難しい。「はじめ」「なか」「おわり」の順序にしても、これは全体の構想が固まっていなければ決めることができず、たいてい時間軸に沿った順番になってしまう。別にそれが悪いわけではないが、時間軸だけなら別に構成などそこまで気にすることもないだろう。こうして構成を考えたら、あとは「体験文を書く」である。当たり前だ。

 

 面白いのは、この体験文の模範例が載っているところだ。しかも実際に中学1年生が書いたものらしい。読むと、なるほどコレは模範例だという印象を受け、教科書で教科書的な文章を読むことへの複雑な感情が沸き起こる。もちろん誉めているわけではない。

 

 「エー、あと四時間も!」

 という「私」の叫び声から模範の体験文は始まる。「これこれ」と言いたくなるような定番技法であり、微笑ましい。そのあとすぐに家族で船旅をしており、船酔いでぐったりしている状況であることが説明される。「説明の段落」である。家族全員がぐったりしているなか、添乗員だけが元気に走り回っており、添乗員に「大変じゃないんですか?」と話すと、彼女はお客さんに「ありがとう」と言われると元気づけられるのよ、と答える流れだ。そして最後の「意義づけの段落」である。

 

 大人が、つらいことがあっても、がんばって仕事を続けられるのは、みんなどんな仕事でも、喜び、元気のもとがあるからじゃないのかな、と思いました。

 なんだか、自分が少しだけ大人に近づいた―そんな気になれたこの夏の旅行でした。

 

 「働きがい」について考えることができた、との感動的な一文だ。文章全体としても確かにうまい。しかし、今になってこうした文章を読むと、やはり単純にうまいとか感動的だとかで済ませられないものがある。子供特有のユートピアは労働にまでやはり及んでおり、中学生にまでなると「働きがい」などという精神的要素すら取り込んでいる。小学生への定番アンケート「なりたい職業」にお花屋さんやらケーキ屋さんやらが並んでいたとしても、それはきっと「働きがい」のためではないだろう。サッカー選手や野球選手になりたいのも、スポーツが好きで、試合をテレビを観ているからであろう。これが中学生1年生になると「働きがい」だ。すごい進化である。いずれにせよ多くの人は就職活動の段階でユートピア性を実感し、賃金労働者として歩むことになるわけだが、そこに至る精神性はすでに13歳くらいから定着し始めているのかもしれない。

いうまでもないが、別にこれはこの作文を書いた中学生のせいではない。

 

 働くことの喜び、仕事における元気のもと。皆さんはありますか? その喜びは本当に自発的なものですか? 自分を犠牲にしていませんか? 働きがいを搾取されていませんか? そもそも働くことができてますか? この中学生の体験文はこうした問い、多くの人を絶望させる問いへとつながっている。こわいこわい。しかしこれが現実なのであり、賃金労働者は自らの労働力を売るしかなく、それはもっぱら肉体の存続のための労働となる。すなわち必然性に労働が従属する。お互いの労働観が異なっていたとしても、マルクスだってアーレントだって現状に対して怒りを覚えていることに違いはないのである(だからアーレント自身が言うほどマルクスと違うわけではないと思う)。

 

 なんだか、世界が少しだけプロレタリアート革命に近づいた―そんな気になれたこの春の体験文でした。

 

 

人間の条件 (ちくま学芸文庫)

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マルクス・エンゲルス 共産党宣言 (岩波文庫)

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シネマディクトSの冒険~シュウの映画時評・第六回「母よ、」~

ナンニ・モレッティ監督「母よ、」(ヨーロピアン・ビスタ/107分)

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映画『母よ、』第68回カンヌ国際映画祭エキュメニカル審査員賞受賞 カイエ・デュ・シネマ誌が選ぶ2015年映画第1位 2016年3月公開

 

 表象という点においては記憶と夢に違いはない。我々が記憶と呼ぶものは、ある表象すなわちイメージとして現れるが、夢も同じだからだ。

 

・夢と記憶の違い

 記憶はどの記憶を思い出すかをコントロールできるから、夢とは異なるだろうか。しかし、紅茶に浸したマドレーヌを口に運んだ瞬間に幼いころの記憶を鮮明に思い出すのと同様に、ふとした瞬間に記憶がよみがえることは誰にでもあるはずだ。戦争や虐待など苛酷な経験をした者が罹患するトラウマやPTSDも、自分の意思で思い出しているのではない点で同じである。反対に、時間が経つなどして忘れることもありうるという点も夢と記憶は共通している。僕など最近は夢の内容をほとんど思い出せなくなってしまったし、酒を飲むとすぐに記憶もなくしてしまう。きっと関係があるに違いない。では、記憶は何度も一つのことを思い出すことができるが、夢は一回きりであって同じ夢は観ないから、両者はやはり別だろうか? しかし、不思議なことに、何度も何度も同じ夢を見る人は多い。これは一つの記憶をある程度保っているのと同様だ。

 

・記憶/夢・現実/非現実

 では記憶は「実際に」体験したことで、夢とは違う、夢は「現実」ではなく、記憶は「現実」に起きたことなのだろうか。しかし、これも誰しも理解できるように、記憶は容易に改変される。自分に都合のいいような記憶、話すたびに尾ひれがついていく思い出話、なかったこともあったかのように信じ込んでしまう記憶(そうでなければなぜ自白する冤罪事件などという奇妙なことが起こるのか)。反対に、夢は現実に起きたことではないとなぜ言い切れるのだろうか。むしろ、記憶を勝手に改変してしまうような邪魔な意識が取り除かれた純粋な現実の世界、すなわち超現実的な世界が夢には広がっているかもしれない。シュール・レアリスムと呼ばれた思想運動はまさにそうした考えに根差していたのである。夢と記憶のどちらがより「現実」的かは実は曖昧だ。

 

・記憶=回想のイマージュ

 つまり。記憶とは、過去に起きた(はずの)ことで、いまは存在していない(はずの)ものを、いまあることかのように再=現前(representation)するものである。ポール・リクールはこれを回想のイマージュと呼ぶ。この意味で夢と記憶は異ならない。さらにいえば、映画という表象もまた、これと全く同じである。スクリーンに映っていることは、当然のことながら実際にカメラの前で俳優が演じていたものであるが、当然のことながらその俳優たちはすでにカメラの前には居ないのであって、だけれども当然のことながら観客にとっては今そこにいるかのように現れているのである。

 

記憶・歴史・忘却〈上〉

記憶・歴史・忘却〈上〉

 

 

 

記憶・歴史・忘却〈下〉

記憶・歴史・忘却〈下〉

 

 

 

・「母よ、」

 ナンニ・モレッティの新作「母よ、」は、全く難解な筋書きではなく、年老いて死んでいく母親を兄や娘と共に看病しながら、自らの人生や母とのことを見つめ直していく女性映画監督の話である。このようなストーリーはありふれているが、モレッティの工夫は、記憶すなわち回想と夢、そして映画を撮ることという、さまざまな現実をめぐる表象を交錯させていることにある。そこでは夢と回想は区別されず、混然一体となって主人公マルゲリータを取り囲む。しかしマルゲリータは「現実」とうまく付き合うことができない。母親が病気になってから映画に出演している俳優の恋人とは決定的な理由がないまま別れ、母親とも兄ほどうまく接することができず、娘ともやや疎遠だ。マルゲリータはどうも人生が齟齬をきたしているような気がしている。

 

・現実と映画1

 こうした現実との齟齬を表現するのが、マルゲリータが撮影している映画である。イタリアの労働問題というアクチュアルな社会問題を取りあげようとするマルゲリータだが、常に彼女は「嘘っぽい」「リアルにみえない」などと言い、「そんなことない」と言う周りのスタッフを信用せずに、「現実」との乖離を気にしている。この点で象徴的なのは、スタッフに労働者のエキストラを集めさせ、それをチェックしたマルゲリータが「派手なメイクやマニキュアを塗った若者ばかりじゃない。私は現実の労働者を集めてと言ったのに」というようなことを言ったシーンである。これにスタッフは「これが現実の労働者だよ」と当然のように返している。

 

・現実と映画2

 さらに重要なことは、ジョン・タトゥーロ演じるハリウッドからきた大物俳優の英語とイタリア語の齟齬、ディスクレシアを示唆する「記憶力」の問題(台本が覚えられない)とそれを糊塗するかのような嘘の「記憶」(キューブリックと仕事をした)である。タトゥーロの「いかにも」わからずやで大ほら吹きのハリウッドの大物俳優ぶりには笑ってしまうが、彼もまた現実とうまく付き合うことができない人間なのであって、その意味でマルゲリータと衝突することは必然的である。彼は映画という領域におけるマルゲリータの表象とさえ言えるかもしれない。したがって、彼がマルゲリータのもとを訪れて和解し、イタリア語の台本をなんとかこなし、記憶を自ら訂正するに至ったとき、マルゲリータもまた現実を見つめることができるのである。

 

・現実と自己

 マルゲリータが自身の映画の主演女優にも、そしてタトゥーロにも言う言葉に、役者は役に同化しきるのではなく、役の隣にいることが必要だ、という言葉がある。これは彼女が常に役者にかける言葉のようだ。しかし、主演女優もタトゥーロも明らかにそれを理解していない様子がみえる。後で明らかになるように、マルゲリータ自身もその言葉をよく理解しているとはいえない。しかし、この映画で明らかになるように、記憶にしろ夢にしろ、あるいは映画という表象にしろ、全てが「現実」なるものを特権的に表すことができるわけではない。それはむしろ直接的につかむことはできない「現実」なるものを取り巻いているにすぎない。そして実際には「現実」と思っているものは「自己」に置き換わっているだけなのであり、多くの人は現実と自己を重ねて合わせて安住しているにすぎない。しかし、母親の死という「自己」にとっての重大な事態が訪れると、「現実」と「自己」との間の懸隔に気付くのである。だから重要なことは、「現実」と「自己」そしてそれらを取り巻く記憶との距離感なのである。もちろん、「現実」と「自己」が離れているということなど、他者にとってみれば明らかである。この映画でも兄や恋人は、マルゲリータが極めて独善的であり、自己中心的な人間であることを彼女に指摘している。マルゲリータがそうした厳しい指摘を恋人にされた、と兄に相談した際に、兄はこれまで何回も同じようなことを忠告してきたと述べるが、マルゲリータは「全然気づいていなかった」と苦笑する。これまでマルゲリータの「自己」と「現実」の重なり合いが強固であるがゆえに気付くことができなかったのである。

 

・「役の隣にいること」

 役と同化するのではなく、役の隣にいること。このアドバイスは、本人が自覚していなかったとしても、映画監督としての本能からか、マルゲリータが直観的に「自己」と「現実」のずれを感じとっていたことを示すものである。俳優もまた、役と自己との距離感を問題にしなければならないのである。映画と人生とが、この映画では重ね合わせられている。というよりも、映画は「現実」あるいは人生の表象としての役割を担っている。したがって、母親の死という、本作では最も重要な出来事がマルゲリータの映画の撮影中に知らされるということは極めて象徴的である。「現実」と「自己」との分離、すなわち母の死と自らの映画撮影との分離が決定的に明らかにされた今、マルゲリータはそれに深く悲しみながらも、すぐに家へ戻ることを拒否し、ワンショットを撮り、母親のところへ戻るのである。前作「ローマ法王の休日」のような、どこでもない場所へ逃げ出すのとは全く異なっている。

 

・母親の存在

 これまでのナンニ・モレッティの映画のように、これはあくまで自己を語る映画であり、母親との愛情や母とはなにかというテーマと直接関わっているわけではない。なにしろ母親も元ラテン語の教師であり、マルゲリータと「現実」なるものの象徴である母親との距離感が表現されている。ラテン語は今や使われていない言葉であり、マルゲリータの娘も「そんなものを学んで何の役に立つの?」と問いかけている。記憶や夢も何の役に立つのだろうか? 母親が長年学び、教えて来たその死語を、マルゲリータも娘と共に学ぶようになる。それに釣られるように、元教え子たちが母親がどんな存在であったかという記憶を教えにやってくる。そして「あなたのお母さんは私たちにとってもお母さんだったの」と言う元教え子の話を聞いたときの、全編を通して素晴らしい演技をみせるマルゲリータ・ブイをとらえたこの上ないラストショットが胸を打つ。

 

 

ローマ法王の休日 [DVD]

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中学国語教科書を読む―その9―

 平成24年度版中学校国語教科書『中学生の国語』|三省堂「ことばと学びの宇宙」

 

 今回の第9回にしてようやく一つの文章を読むことができそうだ。いかに教科書を読み飛ばさずきちんと読むというのがコンセプトであるとしても、かなりのスローペースである。「国語」といったらやはりコラムや俳句よりも文章読解を思い浮かべる人が多いだろうから、そういう人にとっては今回でようやく「国語教科書を読む」というシリーズらしくなってきたと感じられるはずだ。しかしこの連載は、そうした一般的イメージとは少し離れて、国語教科書そのものを、なるべくそうした先入観で選り分けずに読むことで、国語教科書なるものの別の読み方を探ろうとするものでもある。

 

 今回読むのは岡崎稔の「水田のしくみを探る」である。筆者はどうやら水を専門とする大学教授のようだ。

 

 しかし、はっきり言ってこの文章はつまらない。この回を書くために一読してみて、「うわー、つまんねー、どうやってこれについて書こうかな」と少し呆然としてしまったくらいである。もちろんこれは筆者が悪いのではなく、これを教科書に採用した側の責任だ。もしかしたら僕が「水田」に興味がないからかもしれないが、それだけではないように思う。

 

 まずこの文章の位置づけであるが、「課題をもって読もう 筆者の説明にはどのような工夫があるか考えながら読む」ということになっている。要するに「第一に、第二に、というように順序良く述べている」とか「図やグラフを使っている」ということに気付けばよいのだろう。こうした点は、本を読むうえでも文章を書くうえでも確かに必要である。ただそれだけじゃちょっとね…という話である。

 

 何がそんなにつまらないか考えてみると、恐らく、最も肝心な冒頭がよくない。つまり「「水田にはどのような智恵が集まっているのだろう。」と問いかけたら、ほとんどの人は、水田に知恵などあるのだろうかといぶかしく思うでしょう。」から始まり、「いったい、水田はどのように作られているのでしょうか。」というような導入になるけれども、これに全く興味を惹かれない。「どのような智恵が集まっているのだろう」とか「どのように作られているのでしょうか」という問いでは抽象的すぎるために、水田に特に興味がない僕のような中学一年生にとって、この文章自体を読もうという動機に欠けるのである。実際、「どのような智恵が」とか「どのように作られているのか」という問いは水田でなくても成立する問いであり、その意味でこの導入は、「水田」そのもの、この文章自体を読ませるための問いにはなっていないのである。

 

 国語教科書に載っている、いわゆる「説明文」の名作は数多いが、思い出深いものは、小学三年生の「ありの行列」である。これは本当によくできた説明文で、教科書界でも恐らくかなりのロングランを続けているはずである。だから知っている人も多いだろう。この説明文の冒頭はこうだ(番号は便宜的につけた)。

 

①夏になると,庭のすみなどで,ありの行列をよく見かけます。

②その行列は,ありの巣から,えさのある所まで,ずっとつづいています。

③ありは,ものがよく見えません。

④それなのに,なぜ,ありの行列ができるのでしょうか。

 

 これこれ、と言いたくなるすばらしい冒頭。①で「確かにねー」となり、②で「あ~そういえばそうだね」と情景をイメージできる。③で「えっ?そうなの?」ときて④で「ほんとほんと、なんでなんで?」である。この完璧な流れ。この後も勿論面白い。ここで先ほどと少し重複するが、今回取り上げた説明文の冒頭を読もう。

 

 「水田にはどのような智恵が集まっているのだろう。」と問いかけたら、ほとんどの人は、水田に知恵などあるのだろうかといぶかしく思うでしょう。(水田が紀元前に中国から日本に渡ってきたことが書かれる。)しかし、水田はプールのように水をただため込んでいるだけでも、砂場のようにただしみ込ませているだけでもないのです。いったい、水田はどのように作られているのでしょうか。

 

 冒頭で僕は水田には興味がないと書いた。しかしそれと同じくらいアリにも興味はない。この点、多くの人は僕と同じなのではないだろうか。ただ、二つの説明文の冒頭を読み比べてみれば、どちらを「面白い」と感じ、読んでみたいと思うだろうか。圧倒的に「ありの行列」のほうが面白そうではなかろうか? この点も多くの人は僕と同じだと思う。これは単に「ありの行列」が小学三年生用の国語の教科書に載っているから、という理由によるのではない。たとえば、今後一生教科書には、少なくとも小学生や中学生の教科書には載らないであろう野家啓一パラダイムとは何か』(講談社学術文庫)の本論冒頭はこうである。

 

「<科学>殺人事件」の公判を開始するにあたって、まずは被告人であるクーンの「人定質問」から始めることとしよう。 

 

 適当にその辺から探したので、もっと良い例があったかもしれないが、興味のひき方がいかに重要かを示すには十分だろう。別にこの「水田のしくみを探る」がそれ自体として悪い文章というわけではない。水田に興味を持つ人ならば楽しく読めるはずだ。そうではなく、ひとつの文章を読むという「国語らしい」授業の最初にこのような文章を読み、しかも「筆者の説明にはどのような工夫があるか」という観点から読むという位置づけが問題である。ひとつの文章にはふさわしい冒頭が必要であるのと同様に、教科書をどのような文章から読み始めるかということも大きな影響をその人に与えるのではないか。(僕のような人間をのぞいた)多くの人にとって教科書は自発的に読むものではないということを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

中学国語教科書を読む―その8―

 平成24年度版中学校国語教科書『中学生の国語』|三省堂「ことばと学びの宇宙」

 

 今回は前回に引き続き「表現力」の単元。見開きコラムの「類義語辞典の活用」も読み飛ばさずに読む。ここでの問題は次のようなものである。

 

 「―線部の「推量」という言葉が少し不自然な気がしている。下の辞典を手がかりにして、より適切な言葉に直してみよう。」

 

ここでの例文を抜粋すると、

 

①彼女の真意を自分なりに「推量」すると、次のようになる。

②古代遺跡は、一緒に出土する土器の形や模様などによって、その年代が「推量」されるのだという。

 

 面白そう、と中学一年生は思わないかもしれないが、なにか文章を書こうとすると、自分の癖のようなものがどうしても出てしまい、同じ言葉や言い回しをついつい使ってしまうのはよくあることだ。語彙の貧弱さは、それに気付く人を憂鬱にさせる。この例文は、確かにおかしい気がする。特に②は不自然だ。年代が推量されるとは多分言わない。でも①はどうか? 気持ちを推量する、とはいわないだろうか。古文ではだいたい何でもかんでも「推量の助動詞」と習ったのではないだろうか。

 

 おかしいとしても、なぜおかしいのかを説明することは案外難しい。②でいえば、数字やデータのような客観的な指標について「推量」は使わないのではないかという気がする。たとえば人の年齢を「推量」するとは言わない。では「推量」とはどのようなときに使うのだろうか。なによりもまず、そもそも「推量」ってことばを使うだろうか? 「推量の助動詞」以外で「推量」という言葉を発したり書いたりしたことが生まれてからこの方あっただろうか? ちょっと不安になるけれども、それにもかかわらず、僕たちは「推量」という言葉の使い方が何となくおかしいとか、おかしくないとか感じることができる。

 

 教科書に載っている「類義語辞典」によると、推量の類義語として「推察」「推量」「推測」「推定」があり、関連語として「察し」「斟酌」「推断」があるらしい。しかし「類義語」と「関連語」の区別もよくわからない。推量の類義語として推断を数えてはだめなのだろうか? 「推理」も類義語に入れてはだめなのだろうか? そうした疑問も沸きつつ、この辞典のまとめをみると、

 

「推定」は何かの根拠や理由があって思う場合

「推量」ははっきりした理由がなく漠然と思う場合

「推測・推察」は他者の気持ちや事情を思う場合

 

 だという。「したがって、①は「推測・推察」、②は「推定」が適切だといえます。」そうすると、次のようになる。

 

①彼女の真意を自分なりに「推測・推察」すると、次のようになる。

②古代遺跡は、一緒に出土する土器の形や模様などによって、その年代が「推定」されるのだという。

 

 ②は確かに「推定」の方が良さそうだ。遺跡の年代はきっと「推定」というし、「推定年齢」とかもいう。①はけっこう微妙ではないか。他者の気持ちを「察する」とはよくいう気がするから、他者の気持ちを「推察」するというのも分かる気がする。他者の気持ちを「推測」するはどうだろう? 気持ちを推測するって、いうだろうか? う~ん、いうかもしれない。でも、推測と推量の違いは測と量だが、測量という類似した字を組みあわせた熟語だってあるではないか。なぜ推量だけが区別されなければならないのだろう。一部の辞書で「推量」を調べると「推測」と出てくることもあるし、ネットで調べた「デジタル大辞泉」では「胸中を推量する」という例文だって出てきた。これは他者の気持ちを思う場合にあたるではないか。「推量」とは「広く推しはかること」らしいが、推量の意味は「推し量る」ことと言われても、反復でしかないので、あまり役には立たなそうである。そもそもこの定義から「はっきりした理由がなく漠然と思う場合」というまとめ方は正しいのだろうか? はっきりした理由がなく漠然と思うような場合に「推量」って使うだろうか? 結局「推量」っていつ使うの? 

 

 「推量」と「推測」の定義はどうやらかなり曖昧だ。他の類義語との用法も曖昧な気がする。もちろん本来は、一つの文や文脈の中でこうしたことばがどのように機能しているかということも考えなければならないのではあるが、「推量」の仲間はずれ感に思わず怒涛の質問攻めを先生にしたくなる。これだけ「推量」「推量」言っていると、「推量」という言葉を正しく使った例文もあまり思いつかないような気がしてくる。「推量」を違う類義語に代えて適切な文にするのであれば、そのまさに代えられた「推量」という言葉を使って正しい例文をつくるという課題も同時になさなければならないだろう。

 

 ところで、定義では「推定」は「何かの根拠や理由があって思う場合」であり、「推測。推察」は「他者の気持ちや事情を思う場合」であった。仮に「推量」が「推測」とそれほど違わないのだということを前提にすれば、「何かの根拠や理由があって、他者の気持ちや事情を思う場合」は「推定・推測・推察・推量」を同時に用いることができるはずである。すなわち一つの文のほかのことばを一切変更せずに、「推定・推測・推察・推量」だけを入れ替えても不自然にはならない文が存在するのではないか? こうしたことを考えていくと、日本語ということばの内部でも、いわば翻訳とでもいうべき問題が、類義語には存在しているように推量できる(この「推量」はどうだろう?)。

 

 最後に宿題を出したい。もちろんこの教科書に載っているものであるが、つぎの例文において「」内の言葉を「より適切な他の言葉」にいいかえるというものである。

①審査員は非常に穏やかな「論調」で語りだした。

②祖父は昔かたぎの性格だったので、どんな申し出も「強情」に断り続けた。

 13歳くらいに推定された年齢の中学生のためにこのコラムを執筆した人の心情を推察しながら、答えを推測していただきたいと僕は推量する(=はっきりした理由がなく漠然と思う)。

Quodlibet # 2 「聖餐」をめぐって ( 2 )―哲学者たちの聖餐 上

 前回は前座の話が長くて切り上げてしまったけれど、今回は本題について書こうかなと思う。聖餐の最中に起こっているとされている「実体変化」の教義と、それをいろいろな事情で説明しようとした哲学者たちのお話である。この一見してニッチなテーマは、特に17世紀という時代とあいまって、「哲学とは何か」というべらぼうな問いにちょっとしたヒントを与えてくれるのではないかと最近僕は思っているのだ。
 さて、キリスト教の教義の中で「聖餐」とは、人類の救済のために犠牲になったキリストの肉体をあらわす「パン」と、同じくその血をあらわす「ぶどう酒」を信者が共食することである。これは、キリストの死と復活による救済の業を記念する儀式で、「ミサ」とはまさにこの儀式を指す。この儀式を通して、信徒がキリスト教会という、まさに共同「体」へと組み込まれるということは前回も述べた。
 みんなでなにかを神の肉に擬して食べるという「犠牲」の「擬制」みたいな発想自体は、ディオニュソスの祭儀やら、ハイヌウェレ型神話なんかと似たり寄ったりで別段珍しくはないかもしれない。けれどもキリスト教(カトリック)のユニークなのは、「実体変化」(または「化体説」) という教義をもつところだ。この説によると、聖餐の儀式中、司祭の聖別の言葉によって、ただのパンだったものが本当に「キリストの肉体」に変化し、ただのぶどう酒だったものが本当に「キリストの血」に変化するという。
 むろん、こんなことは説明しようがないわけだし、飲み食いしてるときはどうやったってパンとぶどう酒の味しかしないわけだから味覚的にも、また外見も変わらないので視覚的にも説明はつかない (ただ、オルガン愛好家の僕からは、のちに、ミサの中でこの「実体変化」は無理やり「聴覚的に」表現されるようになると付け加えておきたい。「実体変化」を主題とするオルガン曲の少なからぬものは、わずかに調律を狂わせて唸った音が出るストップ―代表的なものは “Voix céleste” 、その名も「天の声」なんて名前をしている―を活用して演奏され、いかにもな雰囲気を醸しつつ「実体変化」を演出するのだ) 。それゆえ、この教説は「信じる」ほかなく、説明は無用という時代も長く続くのだが、中世になると、この説明しようがない教義をわざわざ説明してあげましょう、なんていう馬鹿丁寧なスコラ学者たちが登場する。代表格はトマス=アクィナスである。トマスの『神学大全』では、実体変化においては、「キリストの体の実体 substantiaがパンの実体にとってかわる」とされる。この見解と説明原理はその後もほぼ継承され、1545年のトリエント公会議で公式見解とされるようになる。
 トマスをはじめとしたスコラ学者の多くがこの「現象」の説明に援用したのは、アラビア語経由でヨーロッパに逆輸入されたアリストテレス形而上学の語彙だった。いわくこうである。ものには必然的で不可欠な「本質 substantia」(もともとのギリシア語では「それがなんであるか」みたいな意味だ。わかりやすいね。) と、そのものにとって必然的ではなく、付け加わったり変化したりする「性質」(これは「偶有性 accidentia」と呼ばれる) がある。水であれば、今風に言うなら「H2O」であることが本質で、塩や砂糖を含むのかとか色がついているかどうか、みたいなことは「偶有性」ってわけ。塩や砂糖を含んでなくても、色がついてなくともH2Oなら水といえるわけです。ここで、僕らのパンとぶどう酒にもあてはめてみたらこうなる。パンの味や形や色、におい (聖餐論の文脈では「形質」とか「外観 species」と呼ばれたりする) は「偶有性」である。けれど「実体変化」後も―あたりまえだけど―それらは変わっているとは言えない。しかし、「パン」は「実体変化」後には「キリストの肉体」に変わっちゃっていることになっている、つまり「本質」の方は変わっちゃっているのに「偶有性」である「外観」は変わらない、ということ。
 アリストテレスの語彙を借りて、パンはないのに、パンの外見 (色、におい、形…) だけが存在する(「実在的偶有性 accidentia realia」と呼ばれる)と説明されているけれど、僕らには刺激的なぐらい「シュール」だよね。パンの色だけがパンなしに残る…。まあ、少なからぬ中世人がこれで納得したということは重い事実だけれど。
 17世紀になると、「合理的」な発想の先駆けみたいな人たちが、「実在的偶有性」なんていう非合理的な発想を批判するようになる。そう、デカルトとかです。デカルトは、アリストテレス=スコラ的な説明原理を斥けて、もっと「科学的」な説明原理を導入するわけです。(デカルトの「科学者」としての側面はあまり知られていないが、そのあたりは小林道夫『デカルトの自然哲学』岩波書店、1996年を参照のこと)。

 デカルトは、『方法叙説』で自ら「天国へ導く啓示された真理は我々の理解力を越えている」とも言っているように、「神」の存在証明こそすれ、具体的な神学的問題に首を突っ込まないほうの人である。ところが、僕たちの関心の的である聖餐における「実体変化」の問題にはかなり関心を示している。例えば、メルセンヌ宛1630年11月25日の書簡では、『屈折光学』(ちなみにこれは『方法叙説』を「叙説」とする本論の一部をなす書物)の刊行の目的が「光と色の本性」を明らかにすることであると同時に「実体変化」後の「パンの白さが聖体において持続すること」の解明でもあるとしている(『デカルト全書簡集 第1巻』知泉書館、2012年)。


 デカルトの聖餐理解は、従来の「偶有的実在性」の否定からはじまる。本質が変化しているのにそれに付随しているはずの「偶有的実在性」だけが残るのは直観的にも科学的にもどう考えてもおかしい、と。そのかわりにつくりだす概念が「表面 superficies」。デカルトによると、パンの外観(色、味、におい…)はパンと空気の境界である「表面」と同義であり、パンが肉体に代わっても、その「容積 dimensiones」が変わらなければその表面も変わらない、だから実体変化の後もパンの「外観」は残ることになる(『デカルト著作集2』白水社、2001年、「第六反論」など)。

容積1のパンが容積1の肉体に変わったので表面は変わらない、表面が空気との境界となってわれわれの感覚に与える効果である「色」のような外観は変わらない、と。あの「シュール」な「パン無きパンの味」の代わりに、ある意味では数学的で、直観的にもそんなに違和感のなさそうな説明がとってかわっている。
 ただそれでも、これを一聴して僕たちがたまげてしまうのは、この説明が、「偶有的実在性」による説明に比べてどこが説得的になっているのか、といった疑問をもつからではなく、そもそも「実体変化後もパンの外観が存続する」という結論の方をデカルトが疑っていないからではないだろうか。それもそのはずで、まあデカルトには、「実体変化」を彼なりの仕方でどうにか説明しなければならない「事情」があったのだ。
 デカルトの考え方や生き方には往々にして、教会の公式教理は守っておけば異端扱いはされまい(地動説を事実上認める『世界論』の出版を差し控えたのは有名な話である)、旅先でも「現地の習慣や信仰に従っておく」のが無難だ、といった処世術が垣間見えるけれど、今回のケースもそうかもしれない。じじつ、「実体変化」をとりあげたのは、おそらくデカルト流の自然理解が、カトリックの公式教義に反するどころか、「実体変化」を従来のアリストテレス=スコラ主義的な説明よりも「うまく」説明できるのだ、ということを喧伝するためであったと言われている。そういう意味では、「実体変化 (とその後の外観の持続、という教義) を説明する」という「結論ありき」、なのである。方法的懐疑で知られるこの哲学者も、さまざまな事情、そしてその背景にある「教会」の権威と権力の大きさ、そういうものを無視するほどには自由ではなかった。話を一歩進めてしまえば、そもそも、哲学的な議論の多くも、そうした「事情」の要請で「結論」の方をひそかにさきに立てちゃってることの方が多いのではないか。もちろん事情は、社会的、時代的なものとは限らず、もっと個人的な事情もあるだろう。
 いずれにせよ、「実体変化」の説明、というテーマは、哲学史の巨人たちが、「結論」からいわば「逆算」して、思考を組み立てていることを分かりやすく明かしてくれる好例なのではないかと思う。デカルトの場合は、「教会」と上手く折り合うための処世術を身に着けるという事情、そしてにもかかわらず、スコラ的な言葉遣いを排除したいという事情が重なってこの主題を選ばせ、「容積が同じだから表面は変わらぬ」といった思考の筋道を描かせたのだろう。なんでこの「実体変化」の例が、わたしたちにとって「好例」なのか。いってしまえば、どんな概念だってある種の「事情」をかかえているのに、なぜ。それは、かつて絶対の権威だった「神学」の説明原理が失効しているから、その「おかしさ」と「結論ありき性」が僕らの目には際立つからだろう。その意味ではデカルトもトマスたちとやっていることは何ら変わらない。事情が多少違うだけで。
 デカルトに次いで、実体変化の問題をわざわざ自らの哲学で説明しようとした人がライプニッツだ。この人の場合は、「結論ありき性」はさらに際立ってくる。というのも、形式的にはカトリック信徒であり、少なくともそのように振る舞う必要のあったデカルトとは異なり、ライプニッツプロテスタントなので、「実体変化」を奉じていないから。なのにライプニッツは「実体変化」を説明することになる。このあたりはまた次回に書くことにしよう。