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ブログ三銃士

このブログは、FM府中で絶賛放送中の番組、「シネマ三銃士Z」を母体とするブログです。放送では収まりきらない思いの丈のほか、ラジオで放送したものとは関係ない本のことや音楽のことetcを綴っていきます。FM府中ポッドキャストもよろしくね!http://fmfuchu.seesaa.net/

中学国語教科書を読む―その6―

シュウ

平成24年度版中学校国語教科書『中学生の国語』|三省堂「ことばと学びの宇宙」

 

 第6回である。次は「竹取物語」。全部はとても長いので、いくつかの場面を抜粋して掲載されており、その間に編集委員による説明が挟まっている。冒頭では「古典には、その当時の人々の生活や心情、ものの見方や考え方が描かれています。「現代とは違っている」と思うことや、反対に「現代と変わらないな」と感じることなどに気をつけて「竹取物語」を読んでみましょう。」と書かれている。古典一般の話であればその通りだと思うが、現代との比較という観点で竹取物語を読むことの意義はよくわからない。「現代と違って三寸ほどの人間が存在していた」とでも答えればよいのだろうか? それとも結婚観だろうか。この物語は有名な割にはどこがポイントなのかが昔から僕にはよくわからない。

 

 「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。」」この冒頭は超有名で、誰もが勉強したことがあるはずだ。そして美しく成長するけれども五人の貴族たちの求婚はことごとく断る。このときの無理難題の物語も面白く、よく紹介される部分なのだが、その後、かぐや姫天皇の求めさえも拒絶してしまう。なぜ彼女はこれほど結婚を拒んだのか。月の世界の住人だからというのが素直な回答なのだろうが、別に結婚していても月に帰れないわけじゃないだろうし、決定的な理由になるとは思えない。なんで?

 

 ラストになると、月から使いがやってくる。ここでの場面はなんというか、非情に冷淡というか冷たい。一人の天人がかぐや姫に「壺に入っている薬をお飲みください。きたない地上のものを召し上がってきたので、ご気分が悪いことでしょう」などと言い、かぐや姫に薬を飲ませるのだ。なんてひどいことを言うんだ!と憤ることもなく、かぐや姫は少しそれを舐める。さらにかぐや姫はこの薬を肩身として置いておこうとするのだが「天人包ませず」。結局は不老不死の薬を天皇に手紙と一緒に渡すことになるのだが、この天人たちの態度は本当にきたない世界で下等な人間たちと接しているのが嫌なんだろうと思わせるような感じだ。

 

 極めつけは天人たちが天の羽衣をかぐや姫に着せる場面だ(ここから各地の羽衣伝説との関連を指摘する声も多くあるようである)。この羽衣は、一度着るとそれまでの地上での記憶をなくしてしまうらしい。

「ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁を、「いとほし、かなし。」とおぼしつることも失せぬ。この衣着つる人は物思ひなくなり、車に乗りて、百人ばかり天人具して、登りぬ。そののち、翁・嫗、血の涙を流して惑へど、かひなし。」

 この描写はすごい。さっと羽衣を着せられた瞬間に、翁のことを「気の毒だ、かなしい」と思う気持ちは一瞬で消えうせ、人間としての「物思い」はなくなってしまった。これはとても不気味なことだ。かぐや姫が人間ではなくなる瞬間が目に浮かんでくる。その後、翁と嫗は「血の涙」を流した。これもぎょっとするような悲しみ方で、悲しみの深さが伝わってくる、というよりは狂気じみたものを感じる。僕が竹取物語と聞いたときにイメージするのはいつもここの場面なのである。かぐや姫が人間ではないものになる瞬間の不気味さ。おじいさんとおばあさんの流す「血の涙」は、かぐや姫に二度と会うことができないということのみに向けられたものではない。かぐや姫が全くの別人になり、もはや彼らの記憶すら持っていないのということ、「遠く離れていて、今は会えないけど、きっと自分のことを思い出してくれているんだろう」といった種類の感慨すら持つことを許されないことの悲しみにも向けられているに違いない。月の都は明らかにディストピアである。

 

 その後、不死の薬を形見として残された天皇は、かぐや姫がいない地上でどれほど長く生きても意味がない、と嘆き悲しみ、天に最も近い山でこの薬と一緒に入っていて手紙を焼かせた。それこそが「ふじの山」であったらしい。不死の山というわけだ。

 

 この物語を素材にした高畑勲の「かぐや姫の物語」は本当に傑作で、この物語をよくよく読み、自分なりの解釈を加えたんだろうということが分かる。一直線に広小路を着物を脱ぎ捨てながら疾走してゆくかぐや姫像は画期的なものだったし、捨丸との飛行旅行もまたマノエル・ド・オリヴェイラの『アンジェリカの微笑み』と共鳴する素晴らしい場面だった。月からの使いのシーンも高畑がどのようにアニメ化したのかに注意して観ていただきたい。

 

 そうだ、教科書の竹取物語なんて後でいいのでみんな「かぐや姫の物語」を観よう!あとついでにかぐや姫という優れたフォークバンドのこともどうか忘れずにいてほしい(おわり)

 

 

 

 

 

かぐや姫ベスト

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