ブログ三銃士

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中学国語教科書を読む―その11―

平成24年度版中学校国語教科書『中学生の国語』|三省堂「ことばと学びの宇宙」

 

 今回から「理解力1 的確に読み解く」という単元に入る。ここで不思議なのは、この「理解力1」の単元の最初にあるイラストである。二つの机が描かれており、一つは正方形に近く、もう一つは長方形に近い。その下には「細長いのはどちらでしょうか。」とある。長方形のほうが細長いのは一見して明らかだし、錯覚などでもなさそうだから、この問いかけの意味がよくわからない。これって有名なんだろうか?

 

 今回は別役実空中ブランコ乗りのキキ」を読む。ウィキペディアによれば別役は劇作家であり、ベケットに影響を受けた不条理劇の第一人者だという。彼の脚本はアニメ「銀河鉄道の夜」のみ見たことがあるが、あまり覚えていない。むしろ記憶に新しいのは2006年度のセンター試験第一問が別役の『言葉への戦術』から出題されたことと、過去問への掲載を拒否したことである。出版されている過去問では読むことができず、僕も本文は読んだことがない。

 

 「空中ブランコ乗りのキキ」は、しかし、不条理なところも特にない童話風の物語である。あるサーカスで人気のキキは空中ブランコで3回転できる唯一のブランコ乗りであって、町の人気者だった。しかし、キキは観客の拍手を受けながらも、他のブランコ乗りが3回転を成功させたらどうしよう、人気が落ちてしまうという不安にとらわれていた。4回転を試みるが、一度もうまくいかない。そんな中、ある町にキキのサーカスが訪れたとき、キキはひとりの老婆と出会う。老婆は他のサーカス団のブランコ乗りが3回転を成功させたことをキキに告げる。それを聞いたキキは次の日の公演で4回転をしようと決意するのだが、成功する見込みはない。老婆は青い水をキキに渡し、これを飲めば一度だけ4回転ができると告げる。キキはそれを飲んで4回転を成功させ、観客は喝采を送った。しかしキキはもうそこにおらず、大きな白い鳥が悲しそうに鳴いてテントから海の方へ飛んでいったのが目撃されただけであった。

 

 いかにも教科書に載りそうな童話で、このような要約では残念ながら僕には全く興味がわかない。そもそも4回転をはじめて成功とかいわれるとフィギュアスケートが頭に浮かんでしまい、空中ブランコのイメージがない。そもそも僕はサーカスを見たことがない。ただ、フィギュアスケートの4回転も確かにすごいのだけれど、サーカスのほうがより超人的な芸をみせるのは間違いがない。サーカスにスケート選手が入団し、アイスリンクの上で4回転をしたときに、それはサーカスとして高い評価を受けるとは思われない。それもまた超人的な所業のはずだが、この違いは何なのだろう。

 

 このサーカスという場、そして空中ブランコという芸が童話の重要な部分である。空中ブランコ乗りのキキが大きな白い鳥になるという、人ではないもの、まさに超人的、いや鳥人的なものになるというのは、フィギュアスケート選手が鳥になるというよりは説得力がある。別役は周到に鳥のイメージを張り巡らせている。「まるで、鳥みたいじゃないか」とキキを評する観客、「本当に、鳥でもないかぎり四回宙返りなんて無理なんです」と自ら鳥と空中ブランコとの相似性を暗に認めるキキ、「四回宙返りなんて無理さ。人間にできることじゃないよ。」と忠告するピエロのロロ、「飛びながら自分でもまるで鳥みたいだって思えたくらいなんですからね。」と三回宙返りを評するキキ、四回転をする決意をして「白鳥のように飛び出して」いくキキ、「大きな白い鳥が滑らかに空を滑るように」四回転をするキキ。

 

 キキは自らの内に鳥を住まわせていた。各地を転々とするサーカス団でなければキキのような鳥のような人間は存在できなかっただろう。四回宙返りという人間にはできないわざこそが、人間と鳥の境界だったようである。思えば人間と鳥という関係はバレエ「白鳥の湖」も知られるように、それほどかけ離れたものではないし、劇作家である別役が「白鳥の湖」を念頭に置いていないはずはない。「白鳥の湖」において白鳥に姿を変えられたオデットは、月の光にあたると元の人間に戻ることができた。ブランコ乗りのキキはその反対に、サーカスの照明に当てられたときにだけ白鳥になることができるのである。人気が命のサーカス団員であるキキは、宙返りのときの自分をまさに鳥にたとえているように、白鳥になることが自らのアイデンティティであった。

 

 オデットは結局人間に戻ることができず、白鳥の姿のまま、来世での愛を誓って王子と心中する。キキは鳥と人間の間から、鳥になることによって人間の世界から姿を消した。では4回転を成功させ、白鳥となったラストはハッピーエンドなのか。しかしハッピーエンドだとすると「悲しそうに鳴いて」いたことの説明がつかない。4回転は一度だけしか成し遂げられず、キキはサーカスの団員ではなくなってしまった。空中ブランコは人間から鳥になるその一瞬が重要なのであり、鳥であることは、落下する可能性が基本的にゼロになることによって芸にはなりえない。「鳥でもないかぎり四回宙返りなんて無理」であるけれども、鳥であることは宙返りと両立しない。この鳥と人間の行き来こそが劇的であることは、「白鳥の湖」においてオデットが人間の姿に戻るときの美しさ―この美しさが王子をひきつけた―だけでなく、「白鳥の湖」を題材にした近年の映画「ブラック・スワン」においても―「白鳥の湖」とは違ったかたちで―明らかにされている。

 

 

 

 

 

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